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札幌地方裁判所 昭和45年(ヌ)669号 判決 1972年9月18日

債権者

三田村知泰

右訴訟代理人

入江五郎

中川博宣

債務者

更生会社株式会社杉本花月堂

管財人

渡辺国弘

右訴訟代理人

矢吹幸太郎

曾根理之

主文

債権者が更生会社株式会社杉本花月堂に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  債権者  主文第一項と同旨の判決

二  債務者  「債権者の申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする。」との判決。

第二  当事者双方の主張

一  債権者の請求原因

1  債権者は昭和三九年六月更生会社株式会社杉本花月堂(以下単に本件更生会社という。)に雇傭され、昭和四五年四月以降は札幌店店長の職にあつたものであるが、右更生会社の管財人である債務者は同年一一月一七日口頭で債権者に対し解雇の意思表示をした。

2  しかし、債権者には債務者から解雇されるような事由はないから、右解雇の意思表示は解雇権の濫用によるものとして無効である。

3  そこで債権者は債務者に対して解雇無効確認の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、債権者は本件更生会社の従業員として支給を受ける一か月あたり一〇万円の給与のみによつて生計を維持していたものであり、また債権者は本件更生会社に入社して以来札幌店次長または店長として業績の向上と従業員の和合に努力して店長としての地位を築いてきたものであつて、本案訴訟による解決を待つていては、債権者や家族の生活の面でも、札幌店店長としての復職の面でも、回復しがたい損害をこうむるおそれがある。

4  よつて、債権者は、債権者が本件更生会社に対して雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるよう求める。

二  請求原因に対する債務者の答弁および抗弁

1  請求原因第1項は認めるが、同第3項は否認する。

2  債務者が債権者を解雇するにいたつた事由は次のとおりである。

(一) 本件更生会社はかねてより申請外杉本貞男らから小樽店店舗の明渡しおよび賃料等の支払いを請求され、永年にわたり右杉本らと訴訟を継続してきたが、昭和四五年四月二日札幌高等裁判所において、本件更生会社が右杉本らに対し昭和四八年三月三一日限り小樽店店舗を明渡しかつ一、〇〇〇万円を昭和四五年五月一日五〇〇万円、昭和四六年四三月〇日三〇〇万円、昭和四七年四月三〇日二〇〇万円の三回に分割して支払う旨の裁判上の和解が成立した。

(二) 右和解の結果本件更生会社は小樽市において新店舗を取得しかつ右和解金を支払うために総額四、〇〇〇万円ないし四、五〇〇万円の資金を必要とするにいたつたが、本件更生会社にとつては金融機関から融資を受けることは全く不可能であつたから、右資金を調達するには本件更生会社の更生計画第二章第二節の新株発行の規定によつて新株を発行し自己資本を充実させるとともに、右資金を融通しうる能力のある者に右新株を引き受けさせ、そのうえで右引受人から融資を受けるという方法をとらざるをえなかつた。

そこで債務者は本件更生会社の発行する新株を引き受けかつ前記資金の融通をなしうるという条件を満たす者を多方面にわたつて探した結果、申請外荒巻芳および岩波健一の協力を得ることができるはこびになつた。

そこで事前に債権者をはじめとする本件更生会社の上級管理職の地位にある者および役員らに事情を説明してその了解を得たうえで、債務者は、前記更生計画第二章第二節にもとづき、昭和四五年六月三日札幌地方裁判所に対して発行株式数は七万株、割当数は前記荒巻および岩波に各二万株、債権者に一万株、債務者に一万一、〇〇〇株、その他本件更生会社の上級管理職四名の者に残余の九、〇〇〇株とする新株発行の許可申請をし、右申請は同月一一日許可された。

(三) しかるに債権者は右許可の後にいたつて右新株の発行およびその割当に不満を述べるにいたり、同月二五日朝本件更生会社の従業員が参集した席上で、債務者が友人と語らつて新株の発行を悪用し本件更生会社の乗つ取りを策していると虚偽の事実を流布して従業員に少なからぬ動揺と不安を与え、その結果従業員の中にはストライキ態勢に入つた者もいた。

さらに債権者は、そのような事実が何ら存在しないのにかかわらず、同月二七日札幌地方裁判所に対し、債務者が自己資本充実および資金調達のための新株発行に藉口して本件更生会社の乗つ取りを図つているとの理由で債務者の解任を申し立てたのみならず、同年一〇月一三日北海道警察本部に対し同様の理由をもつて債務者を背任罪の容疑で告発した。

(四) 債権者の右(三)の各行為は債務者と本件更生会社の従業員を離間させ、本件更生会社の対外的信用を失墜させ、ひいては更生計画の遂行を妨害し挫折させる意図でなされたものであり、札幌店店長という筆頭管理職にある者として常識では考えられない不謹慎な言動であつて、従業員としての服務規律をみだすきわめて不穏当な行為であるところから、債務者は債権者に対して前記解雇の意思表示をしたものである。なお、右解雇に伴う予告手当については、未払賃金、解雇予告手当、退職金の合算額から諸税等を差引いた二八万七、四三九円を額面とする小切手を債権者に郵送したが、受領を拒否されたので、右金額を札幌法務局に供託した。したがつて、右解雇の意思表示は十分な理由にもとづくものであつて、債務者のした本件解雇は有効である。

三  抗弁に対する債権者の答弁

1  抗弁の(一)の事実は認める。

2  同(二)の事実のうち、債務者が昭和四五年六月三日札幌地方裁判所に対しその主張のような新株発行の許可申請をし、同月一一日許可があつたことは認めるが、その余のすべて否認する。

債務者が主張するところの新株発行の必要性は名目上のものにすぎず、債務者が真に意図するところは、本件更生会社が順調に業績を伸ばしつつ更生計画を遂行し、近い将来会社更生手続が終結される見通しであるため、その暁に本件更生会社を自己の支配下に置き会社を乗つ取るところにあつた。このことは、小樽市における新店舗の取得および和解金の支払いのため資金を調達するには札幌店店舗を担保にして金融機関から融資を受ければ足り、荒巻、岩波の両名から融資を受ける必要はないこと、また右荒巻、岩波が右資金を融通しうるほどの資力があるとの確証はないこと、一方債務者の行なつた前記のような新株発行およびその割当の結果、新株発行後の本件更生会社の総発行株数一〇万株の過半数を占める五万一、〇〇〇株を荒巻、岩波および債務者の三名で保有するにいたること、荒巻、岩波の両名は従来本件更生会社と何のかかわりもなかつた者であるが、債務者とは旧来の知己でありその腹心ともいえる人物であること、しかも債務者は前記新株発行の許可申請およびその許可の事実を債権者はじめ本件更生会社の従業員に対して秘匿し続けたことなどの諸事実から明らかである。

3  同(三)の事実のうち、債権者が昭和四五年六月二七日札幌地方裁判所に対し債務者主張の如き理由で債務者の解任を申し立てたことおよび同年一〇月一三日北海道警察本部に対し同様の理由をもつて債務者を背任罪の容疑で告発したことは認めるが、その余は否認する。

債権者が解任の申立および告発をしたのは、前記のとおり債務者がその立場を悪用し自己資本充実および資金調達のための新株発行を口実に本件更生会社の乗つ取りを図つたという客観的事実にもとづくものである。

4  同(四)の事実中、解雇の意思表示があつたことは認めるが、その余は否認する。

債権者は本件更生会社の株主でありかつ取締役であつて、前記解任の申立および告発は株主あるいは取締役の立場から行なつたものであるが、債務者が前記のようにその立場を悪用して本件更生会社の乗つ取りを策していたものである以上、右解任の申立および告発は株主あるいは取締役としての正当な行為であつた。

これに対して債務者が債権者を解雇したのは、本件更生会社を乗つ取るについて障害になる債権者を排除するためと、債権者の行なつた前記解任の申立および告発に対する個人的な報復のためである。

したがつて、債務者の債権者に対する前記解任の意思表示は正当な解雇権の行使とはいいえない。

第三  証拠<略>

理由

一債権者が昭和三九年六月本件更生会社に雇傭され、昭和四五年四月以降札幌店店長の職にあつたこと、管財人である債務者が同年一一月一七日口頭で債権者に対し解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二そこで右解雇の意思表示が有効か否かについて検討する。

1  まず債務者が解雇理由として主張するもののうち、債権者が昭和四五年六月二五日朝本件更生会社の従業員が参集した席上で、債務者が本件更生会社の乗つ取りを策していると虚偽の事実を流布したとの点については、これに沿う債務者本人尋問の結果は単なる伝聞にすぎないのでにわかに採用しがたく、他に右主張を認めるに足る疎明資料はない。

2  次いで債務者が解雇理由として主張するところの債権者が昭和四五年六月二七日債務者の自己資本充実および資金調達のための新株発行に藉口した本件更生会社乗つ取り工作を理由として札幌地方裁判所に対し債務者の解任を申し立てたことおよび同年一〇月一三日北海道警察本部に対し同様の理由をもつて債務者を背任罪で告発したことは当事者間に争いがなく、また本件更生会社と申請外杉本貞男らとの間の小樽店店舗の明渡しなどをめぐる訴訟に関し、昭和四五年四月二〇日札幌高等裁判所において、本件更生会社は杉本らに対し昭和四八年三月三一日限り小樽店店舗を明渡しかつ一、〇〇〇万円を昭和四五年五月一日五〇〇万円、昭和四六年四月三〇日三〇〇万円、昭和四七年四月三〇日二〇〇万円と分割して支払う旨の裁判上の和解が成立したことおよび債務者が昭和四五年六月三日札幌地方裁判所に対し発行株式数は七万株、割当数は荒巻芳および岩波健一に各二万株、債権者に一万株、債務者に一万一、〇〇〇株、その他本件更生会社の上級管理職四名の者に残余の九、〇〇〇株とする新株発行の許可申請をし、右申請が同月一一日許可されたこともいずれも当事者間に争いがない。

ところで債務者は、債務者が行なつた右新株の発行およびその割当方法は右裁判上の和解にもとずく和解金の支払いと小樽における新店舗取得の資金を調達するために必要不可欠であつたものであり、債権者においてもこれを了解していたのであるから、右解任の申立および告発は虚構の事実にもとづくものであり、右各行為は債務者と本件更生会社の従業員を離間させ更生計画の遂行を妨害し挫折させる意図でなされた服務規律をみだす行為として解雇事由となりうる旨主張し、これに対し債権者は、債務者が自己資本充実と資金調達のための新株発行に藉口して本件更生会社の乗つ取りを策していたのは真実であるから、債権者が本件更生会社の株主および取締役としての立場からした右解任の申立および告発は正当な行為であつて、これを理由として債権者を解雇したのは解雇権の正当な行使とは言いえない旨主張するので判断するに、<証拠>を総合すると次の各事実が認められる。

本件更生会社は前記のように杉本貞男らとの間で小樽店店舗の明渡しなどをめぐつて訴訟を行なつていたが、第一審で敗訴し、第二審の札幌高等裁判所においても敗訴の見通しが強くまた和解勧告もなされていたところから、本件更生会社の取締役はその対策を協議するために昭和四五年二月一九日取締役会を開き、これには債権者も株主たる取締役の一人として出席した。右取締役会においては、小樽店店舗を明渡した場合に代替店舗を取得するに必要な三、〇〇〇万円ないし三、五〇〇万円の調達方法が検討され、右資金については本件更生会社の代表取締役高田ヒサおよび取締役渡辺忠義の両名から融資をあおぐこと、また右融資に関連して新株を発行しこれを右両名に引き受けてもらうことにより自己資本を充実させもつて将来における金融機関からの融資に備えることを内容とする計画案が提示されたが、高田および渡辺が右提示案への回答を後日に留保したので、その場においては結論が出なかつた。

ところが右高田、渡辺の両名は右取締役会の後間もなく融資および新株の引き受けを拒否する旨の回答をしたので、本件更生会社は、小樽における新店舗取得のための資金確保の方策が明確に打ち出されないうちに、前記のような裁判上の和解をするにいたつた。

その後、右和解の結果にもとづく和解金の支払いおよび小樽における新店舗の取得に必要な資金の調達については、債権者および債務者が再度前記高田および渡辺に融資を依頼したりその他従前からの本件更生会社の役員らに打診したりなどしたがいずれも不成功に終つた。

そうこうするうちに、同年四月ころ債務者は本件更生会社と従来関係はなかつたが自己の古くからの友人である荒巻芳および岩波健一に前記資金の融通をあおぐ方針を決め、同年五月には右荒巻、岩波が営業状況等について調査するために本件更生会社を視察し、これには債権者も同道したが、右時点においては荒巻および岩波が本件更生会社に融資することを確約したわけではなく、したがつて融資の方法および融資と新株発行との関連性などについては何ら具体的に定まつていなかつた。

その後債務者は荒巻、岩波の両名から新株引受および融資について承諾を受け、本件更生会社の取締役兼総務部長である相馬常一および小樽店長である大橋弘宜に、荒巻および岩波から前記資金調達のための融資を受けることおよびこれに関連して新株を発行しこの割当は前記新株発行許可申請にあるようなものにすることにそれぞれ決定した旨伝え、その了承を得たが、債権者にはこれを知らせないままに前記のように新株発行許可申請をし、その許可を受けた。ところで、債務者が右新株発行において、その割当を前記のように荒巻、岩波に各二万株とし債務者自身に一万一、〇〇〇株としたのは、新株発行後の本件更生会社の総発行株式数が一〇万株となるので、債務者、荒巻、岩波の三名の持株が過半数を占めるようにして、将来本件更生会社に対する支配権を確保することを狙つたものであつた。

債権者は債務者の計画した新株割当方法を同年六月一八日にいたつてはじめて知り、右新株割当方法が右のような債務者の意図によることを察知して、即座に反対を唱えるとともに、同月二六日更生裁判所に対し割当方法を債務者に二万五〇〇株、債権者に二万五〇〇株、債権者の指名する本件更生会社従業員に合計二万株などと変更するよう修正案を上申したが、そのころすでに債務者の申請どおり新株発行許可がなされていることを知つたので、利害関係人たる一株主の資格において前記のような解任申立をした。

その後同年一〇月九日更生裁判所の斡旋により債権者との話し合いが行われ、債務者は、債権者が本件更生会社を退職することを条件として、債務者自身に割り当てられた新株のうち一万株を債権者に譲渡する旨の和解案を提示したが、債権者はこれを拒絶し、前記新株割当が債務者の本件更生会社乗つ取りの野望の実現行為であるとして、前記のような告発に及んだが、右告発も本件更生会社の株主および代表取締役たる資格でもつてしたものであつた。

以上のとおり認められ、証人相馬常一、同大橋弘宜の各証言および債務者本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、証人渡辺忠義、同清水平蔵の各証言および債権者本人尋問の結果に照らしてにわかに採用することができず、他に右認定を左右するに足る疎明資料はない。

ところで債権者が管財人解任申立および告発をした当時本件更生会社の札幌店店長の職にあつたことは前記のとおりであるところ、証人相馬常一の証言によれば札幌店店長は直接管財人の命を受けて札幌店における営業面を主とした業務を統轄するもので管財人を除けば札幌店での筆頭管理職ともいえる枢要な地位にあつたことが認められるから、かかる立場にある債権者は管財人と一心同体となつて更生会社の運営に努力すべき職責を有し、管財人と密接な信頼関係を保つことが必要な立場にあつたということができる。しかしながら、一方では、債権者が本件更生会社の取締役兼株主であつたことも前記のとおりであつて、<証拠>によれば、株主名簿に記載された債権者の持株数は昭和四五年六月の増資前において一、〇〇〇株にすぎないが、債権者は右増資前における筆頭株主高田ヒサの持株一万四、四〇〇株が実質的には債権者に帰属すると称しいたこと、また債権者は昭和三九年六月の入社以来札幌店の運営について相当な努力を重ねており、社の内外に債権者の努力や手腕を高く評価する者がいたこと、かくして債権者は同人こそ本件更生会社の実質上の所有者であり経営者であると自負しており、債務者も本件更生会社の運営に関して事ある毎に債権者に相談するのを常としていたことがそれぞれ認められるのであつて、債権者は一面において本件更生会社の従事員たる札幌店店長の地位を有するとともに他面においては本件更生会社の株主兼取締役でありかつ実際上本件更生会社の運営上疎外すべからざる存在であつたといわなければならない。

かかる観点から債権者の行為を考えるに、まず管財人解任申立の点については、更生会社の利害関係人は重要な事由があるときはいつでも管財人解任の申立をなしうるのであり(会社更生法九八条ノ五)、更生会社の株主は右にいう利害関係人に該当するから(同法一条照参)、債権者が株主たる資格においてなした管財人解任申立は本来法律上許された行為であつて、債権者が株主であると同時に本件更生会社の札幌店店長たる地位にもあつたからといつて、かかる申立をすることがただちに解雇を正当ならしめる理由になるとはいえない。そして、債権者が債務者の解任申立をするについては、前認定の如く、債権者としては小樽支店新設等に要する資金調達のために新株発行をしてなんびとかに割当てることは予期していたものの、債務者に対して割当てるとか、債務者とその友人二名に対して発行済株式総数の過半を取得させるような割当方法がとられようとは予期されていなかつたこと、また具体的な新株発行計画について債権者が疎外されていたなどの事情に鑑みれば、右解任申立は債権者の側からすれば一応相当の理由があつたものというべきであり、債務者の主張するように更生計画の遂行を妨害し挫折させる意図に出たものとは認められず、右申立は解雇を正当ならしめる理由とはなり得ないものというべきである。

そこで、次に告発の点について考えるに、債権者が告発するに至るまでの前認定の経緯、ことに、債務者が債権者の事前の了解を求めずに新株発行許可の申立をし、許可を受けていち早く既成事実を築いたことや、解任申立後更生裁判所の斡旋による話合いの際に債務者が新株一万株を債権者に譲渡するのと引換えに債権者の退職を求めた事実からすれば、債権者としては債務者の本件更生会社乗つ取り計画に対する疑惑をさらに深めたであろうことは容易に推認できる。そうすると、その後に行なわれた前記告発についても、債権者の側からすれば一応相当の理由があつたものというべく、債務者が新株発行計画に関して債権者を疎外してその不信を買つたことが債権者のかかる行為を触発した事情を考えると、本件更生会社の従業員に動揺を与え、本件更生会社の対外的信用をそこなうであろう告発という手段に訴えた債権者の行為の責任を一方的に債権者に帰するのは妥当ではない。

然りとすれば、債権者の前記告発行為も解雇を正当とする理由とはなり得ないものというべきである。

そうすると、債務者が債権者に対してした前記解雇の意思表示は債権者を企業外に排除しなければならない合理的な理由がないのにかかわらずなされたものというほかなく、したがつて右解雇の意思表示は解雇権の濫用によるものとして無効である。

三そして弁論の全趣旨(債権者審尋の結果)によれば、債権者は本件解雇当時更生会社から支給される毎月一〇万円余の給料によつて生活を維持していたことが認められ、また前認定の債権者が本件更生会社において札幌店店長として重要な地位を占めていた事情からすれば、本案訴訟による解決を待つていたのでは職場の復帰について回復困難な損害を被るおそれがあるといえるから、債権者が債務者に対して雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める必要性があるものというべきである。

四以上述べたところから明らかなように、債権者の本件申請は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(松原直幹 稲守孝夫 太田昇)

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